ぱいだった。働いている女中は、みんな日本髪で、ずっこけ[#「ずっこけ」に傍点]風に帯を結び、人生のあらゆるものにびく[#「びく」に傍点]ともしないような風体《ふうてい》に見える。うらやましい気持ちであった。私はロースの煮えたのを頬《ほお》ばりながら、お客の顔や、女中たちの顔を眺めていた。まるで銭湯《せんとう》のような感じで、紅葉の胸飾りをしたお上《のぼ》りさんたちもいる。バスケットを持った田舎出の若夫婦、ピクニック帰り、種々雑多な人たちが小さい食卓を囲んでいる。
私の隣の母娘は、もう勘定だ。この母娘は二人で平常暮らしているのじゃなくて、たまたま逢ったのだろうと思えるほど、二人の言葉や服装に何か違いがあった。娘はクリーム色の金紗《きんしゃ》の羽織を着て、如何《いか》にも女給のようだったし、母親は木綿の羽織に、手拭《てぬぐ》いで襟あてをしていた。
浅草から帰ったのが七時半ごろ、貸家も何もみつからなかったが朝の憂鬱《ゆううつ》をさばさばと払いおとした気持ちであった。私は年寄りの部屋で手焙《てあぶ》りに火をおこして文字焼きの用意をした。忙がしいはずの私がうどん粉をこねたりしているのを家人た
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