うじ》の講談本を声高く読んでいたりした。人差指のない男が人参や大根を刻む金物を売っていたり、八十八ヶ所めぐりのスタンプ帳を売っている所なぞ、私は歩きながら子供のように面白かった。風船や絵本を売る子供たちが、夕べの別れに、「おしんちゃんに来るように云っとオくれ、いいかい。おばちゃんによろしくってね」とこんなことを高声で話しあって、公園の夜霧のなかへ子供たちはちりぢりに消えて行っている。仲店では文字焼きの道具を買った。帰って文字焼きをして遊ぼうと思った。伊勢勘で豆人形と猫を買った。雷門へ出ると、ますます帰るのが厭になり、十年振りに私はちんや[#「ちんや」に傍点]へ肉を食べに這入ってみた。何十畳とある広い座敷の真中に在郷軍人と云ったような人たちが輪になって肉をたべていた。私は六十八番と云う大きな木札を貰って、女中に母娘《おやこ》連れの横へ連れられて行った。「しゃも[#「しゃも」に傍点]になさいますか、中肉、それにロースとございますけど」太った銀杏返《いちょうがえ》しの女中はにこにこしてしゃべっている。私はロースを註文してばさばさと飯をたべ始めたが、さっきの鍋焼きで、腹工合《はらぐあい》はいっ
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