った。私はもう暗くなりかけたのに、「貸家がありますそうですが、広さはどの位なのでしょう」と尋ねると、夕飯時の忙がしさで、そこのお神さんはあんまりいい返事はしてくれなかった。貸家は小さい家らしかった。
「そうね、六畳に四畳半に……」と話して貰っているうちに、お互いに貸す意志も借りる意志もないのに、家の説明をしたり聞いたりすることは妙なことだった。私はお神さんの話を呆《ぼ》んやり聞いているのだ。

      *

 そこを出ると、すっかり暗くなったので、浅草へ出てみることにした。浅草へ出るとさすがに晴々《はればれ》して池《いけ》の端《はた》の石道をぽくぽく歩いてみた。関東だきと云うのか、章魚《たこ》の足のおでんを売る店が軒並みに出ている。花屋敷をまわって、観音堂《かんのんどう》に出て、扉《とびら》の閉ってしまった堂へ上って拝んでみた。私の横にはゲートルをはいた請負師《うけおいし》風の男が少時おがんでいた。観音様は夜通しあいているのかと思ったら、六時頃には大戸《おおど》が降りてしまうのであった。仲店までには色々な夜店が出ている。海苔《のり》ようかんを売っている若い男は国定忠治《くにさだちゅ
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