がりの寒い湿った日だから、あの家もあんなに陰気だったのだろうけれども、あんな差配だったら借りてもいいなと思った。
随分歩いた。足の先きがずきずきするし、黄昏《たそがれ》でだいぶ腹がすいたので、音楽学校のそばをぽくぽく急ぎ足に歩くと、塀の中の校舎に灯火《あかり》がはいって、どの窓からも練習曲が流れて来て、十二、三の子供たちの頭が沢山見える。
私は、角店になった大きな蕎麦《そば》屋へ這入った。蕎麦屋の中は黄昏でまだ灯火を入れていなかった。「いらっしゃアいッ」と大きな声でジャケツを着込んだ若い衆が迎えてくれたが、貸家や職を探して蕎麦屋に立寄る風景は、私の生活にたびたびあったように思えて、私は、自分の胸の中に、愕《おどろ》きとも淋しさとも苦笑ともつかないものを感じた。鍋焼《なべやき》を一つ頼んだ。熱い土鍋を両手ではさんで、かまぼこだの、ほうれん草だの、椎茸《しいたけ》だのを一つ一つ愉《たの》しみに喰べた。全くの孤独で、私は自分で自分に腹を立てたりしたが、がらがらと戸があいて俥曳《くるまひ》きが一人はいって来ると、私と背中合せにもり[#「もり」に傍点]を一つあつらえて、美味《うま》そうに大き
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