に箱を重ねてラッパを吹いて通る。

      *

「おいくら位なんですの」と訊くと、五拾円だと云った。敷金《しききん》は四つ、なかなかいい値段だなと思いながら、押入れの鶴の絵に佗《わび》しくなったり、古新聞の散らかっている廊下に出て、この部屋へ寝床を敷いて寝る夜のことを考えるとあじきなかった。庭はとてもせまい。さるすべりと八《や》ツ手《で》と、つげ[#「つげ」に傍点]の木が四、五本|植《うわ》って、離れの塀ぎわには竜《りゅう》のひげが植えてあった。「一度相談して参りますから」と云うと、差配は、「さようで御座《ござ》いますか」と来た時と少しも変らない態度であっちこっち雨戸を閉め始めた。私も手伝って離れの戸を閉めて靴をはいたが、差配のお爺さんはなかなか出て来ない。暗いなかに、誰か人がいて、お爺さんをどうにかしたのではないかと、裏口へ曲ったが、もう差配の下駄はそこにはなかった。私はもう一度差配の小さい玄関に立って、お爺さんは帰りましたかと聞いてみた。共同水道のような処で水を汲んでいたお婆《ばあ》さんが、「はい帰って参りました」と返事をしてくれたので、私は吻《ほ》っとして路地を抜けた。雨あ
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