。差配は、七十位の小さい白髪《しらが》の爺《じい》さんで、耳が遠いのか、大きな声で「お住まいはどちらです」と訊《き》いた。「落合《おちあい》です」と云うと、「落合」とおうむ返しに応《こた》えて、私のなりふりには少しも注意せずに、部屋の中まで杖にすがって歩いていた。玄関が四畳半、座敷が八畳、女中部屋が三畳、離れが六畳の品のいい階下だったけれども、座敷の床《とこ》の間《ま》の後に二畳の変な部屋があるのが怖かった。二階は八畳で見晴らしが利きますと、差配は急な梯子《はしご》をぼつりぼつりあがって行った。私もついてあがって行ったが、暗くて急な梯子段の中途にかかると、私はふと、佐藤春夫《さとうはるお》氏の化物屋敷と云う小説を連想して体がぞくぞくと震えた。梯子段は途中で曲ってなお二、三段急になっている。上は真黒で、差配のつく杖の音だけが廊下に音している。雨戸の隙間からにぶい光線がやみくも[#「やみくも」に傍点]に部屋の中へ流れていて、眼がさだまってくると、差配の爺さんはがらがらと雨戸を繰《く》ってくれた。廊下へ出ると、路地がすぐ眼の下で牛乳屋も通る。豆腐屋も通る。豆腐屋もこの辺になると、リヤカアの上
前へ
次へ
全12ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング