すがに清々《せいせい》とした。寺と云う寺の庭には山茶花《さざんか》の花がさかりだし、並木の木もいい色に秋色をなしていた。広い通りへ出て川上音次郎《かわかみおとじろう》の銅像の処で少時休んだ。女の子供が二人、私のそばで蜜柑《みかん》を喰べていた。それを見ていると、私の舌の上にも酸っぱい汁がたまりそうであった。川上音次郎の銅像はなかなか若い。見ていて、このひとの芝居は私は一度も知らないのだなと、まるで、自分が子供のように若く思えたりする。銅像の裏には共同便所があるので、色々な人たちが出たり這入ったりしていた。
谷中葬場の方へ歩く。葬場の前の柳は十一月だと云うのにまだ青々としていた。ちょうど、道一つ越して柳の前になった処に、小さい額縁屋があって、昔からこの店のつくりだけは変らないようだ。私は、石材屋の横を左に曲って桜木町に這入ってみた。門構えのつつましい一軒の貸家が眼にはいった。さるすべりの禿《は》げたような古木《こぼく》が塀の外へはみ出ている。前の川端さんのお家によく似ていた。差配《さはい》を探して、その家を見せて貰ったが、長い間貸家だったせいか、じめじめしていて、家の中は陰気に暗かった
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