思えて、散々家を探すのが厭になり、古道具屋だの、炭屋だの、魚屋だののような日常品を売る店の多い通りを、私は長い外套《がいとう》の裾《すそ》をなびかせて支那人のような姿で歩いた。炭屋の店先きでは、フラスコに赤い水を入れて煉炭《れんたん》で湯をわかして近所のお神《かみ》さんの眼を惹《ひ》いている。私も少時はそれに見とれていた。支那そば屋、寿司屋、たい焼屋、色々な匂いがする。レコードが鳴っている。私は田端《たばた》の自笑軒の前を通って、石材屋の前のおどけた狸《たぬき》のおきものを眺めたり、お諏訪《すわ》様の横のレンガ坂を当《あて》もなく登ってみたりした。小学生が沢山降りて来る。みんな顔色が悪い。風が冷たいせいかも知れない。みんなあおぐろい顔色をしていた。
谷中《やなか》の墓地近くになっても貸家はみつかりそうにもなかった。いたずらに歩くばかりで、歩きながら、考えることは情ないことばかりだった。朝倉塾の前へ来ると、建築の物々しいのに私はびっくりしてしまった。屋根の上にブロンズが置いてある。田舎のひとのよろこびそうな建物だなと思った。石材屋と、最中《もなか》屋との間を抜けて谷中の墓地へ這入るとさ
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