入つてゆくと云ふことは、周次には何としても信じられない事だつた。しかも不思議なことには、京都の大學では周次と同じ法科で、卒業もいつしよだつた八田義之の兄だと云ふことをきき、妙なつながりを感じずにはゐられない。
風呂からあがつて、座敷へ戻つて行くと、くみ子も、別な風呂へ案内されたのか、浴衣姿で、鏡臺の前に坐つてゐた。
「暑いのね……」
「むしむしして厭ですね……」
食卓には食事の用意が出來てゐて、女中が冷えたビールを持つてはいつて來た。周次は心のうちで、女連れで來てゐる自分ををかしがりながら、それでも悠々と床の間へ坐つた。鯉のあらひ、瀧川豆腐、野菜のすまし汁、そんなものが、いかにもよそよそしく食卓に並んでゐる。
「お月樣が出てゐます……」
女中がビールをつぎながら、ふつと簾《すだれ》ごしに外を覗いてゐる。蟲がぢいぢいと鳴きたててゐる。ビールが終ると、女中は給仕をくみ子に頼んで廊下へ出て行つた。
○
「私ね、繼母への義理で八田へ行つたやうなものですわ。一日だつて幸福な日はなかつたし、ああして亡くなるのも、浴びるやうに飮んだお酒のたたりですわ……」
「そんなに飮んだん
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