た母は、軈て間もなくぷんぷん怒りながら戻つて來て、
「あんな、あはうな娘、もうあきらめた方がよろし、なんぼう、何かて、胸くその惡い……急に一寸した金持の家から縁談があつてなア、くみ子さんの親ごはん達が、どうしてもその方へくみ子さんやらはりたいンやと、――あほらしい、こんな莫迦くさい話がほかにありますかいな……」
と、無性に大阪の叔父夫婦までを意氣地がないとののしつてゐるのであつた。勿論、周次も内心吃驚せずにはゐられなかつた。
何時だつたか、くみ子が風邪をひいて東京で二日ばかり寢ついたことがあつた。もう、明日は起きてもいいと醫者に云はれた晩、周次は會社のかへりにコロラドの月なんかのレコードを買つて來て、くみ子に聽かせてやつたりしたことがある。母は夕方から芝の方へ用事に出向いてゐたし、女中も臺所をしてゐてひつそりした夜だつた。二人は何と云ふこともなく自然に手をとりあつてゐた。自然な子供同士のやうなしぐさだつたが、軈て結婚式を持つ二人には、何かしこりのとれたやうな、そんな晴々しいものがお互ひの心にあつた。
その焙《や》きつくやうな思ひ出のあるくみ子が、八田義太郎と云ふ實業家の家へ急に嫁
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