をばさま、――私、いまになつて罰があたつたと思ひますわ……」
「何で?」
「どうしてだつて……」
 ツヤは冷たい紅茶を運んで來た。何時の間に白粉を塗つたのか。ツヤは綺麗に化粧してゐた。
「今日はどこかへいらつしやいましたの?」
「ええ、久しぶりの日曜やさかい、このひと、今日は奮發してくれはつて、家ぢゆうで多摩川へ行きましたの――」
「ああ、多摩川、あすこ、いい處ですわね……」
 くみ子がちらりと周次を眺めた。ツヤが宿屋で貰つて來た小さい團扇で蛾を追つてゐる。くみ子は、手荒く蛾を叩きつけてゐるツヤの手元をぢつとみてゐた。
「まア、女子はんの苦勞も、旦那さんの亡くなんなさつたことでとどめをさしますさかい。もう、自分で一人食へたら、呑氣に獨身でいつた方が得だつせ。私かて、もう十三年やけど、呑氣やつたなア……」
 母が、とどめをさすと云ふ言葉に妙に力を入れて云つてゐる。
「ええ、でもをばさま、うちかて、まだ二十でつせ……心細いわ……」
「さうかも知れんなア……そやけど、まア、當分は尼さんになるのもええもんでつせ」
 くみ子は默つて扇子をつかつてゐた。
 周次は二階へ着替へに行つた。すぐツヤが上
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