れ》へとまつてゐる。給仕に出た女中が、山から螢を取りよせて庭へ放してあるのだと教へてくれた。
 晴れた美しい夜だつた。
 歸りは三人で川邊を歩いてみたが、時々ツヤはそつと周次の腕に凭れて來る。
(どんな男にも、平氣でこんな事をしてゐた女かも知れないな……)
 周次は、さう思ひながらも、晝間の、柔い躯を抱いた感觸が忘れられなかつた。

 家へは八時頃歸つた。
 メロンの包みを抱いて、くみ子が椹《さはら》の垣根のそばにきまり惡さうに立つた待つてゐた。母は初めは不快さうだつたが、それでもお上りなさいと云つてゐる。
 黒い明石に黄ろい帶が凉しさうだつた。
 座敷へ上ると、くみ子は如何にもなつかしさうに四圍を眺めてゐる。
「ちつとも變りませんのね。昔の通りね」
「僕は部屋の位置を替へるのあまり好かないから……」
「お母さまもお元氣で……」
「東京へ出て來てなさるンですつて? ほんまですかいな?」
「ええ、ほんとですの……でも、近いうちに一寸大阪へ戻りますのよ。――だつて、私が主人のもの全部取つてしまつたなんて、裁判沙汰になつちやつたんですのよ……」
「へえ、そりやまた大變ですねえ……」
「でも、
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