へ行かう……」
「競爭しませうか?」
「生意氣云つてる……お母さんはどうしてる?」
「晝寢なさいますんですつて、空氣枕を借りて、さしあげときました」
 二人は水流にさからつて、河上へ河上へと泳いで行つた。百舌鳥《もず》のやうなけたたましい鳥が堤の草藪に鳴きたててゐる。蛙も地蟲も鳴いてゐる。――ツヤがぐんと躯を空に向けかへた。疲れたのか、手をやすめたすきに、ぐつと河下へツヤは二三米押し流されてゐる。周次との距離は二三米が四五米になり、何か氣力もなく呆んやり流されてゐるかたちだつた。周次は急いでバツクをしてツヤへ追ひついてゆき、ツヤの躯を岸へ押して行つた。
「どうした?」
「疲れちやつたわ」
「莫迦だなア、無理をするからだよ……」
 周次はぐつたりしてゐるツヤを抱いて、陽が燒けつくやうにあたつてゐる草の上へツヤを抱きあげてやつた。
「疲れたのか?」
「冷いでせう? 水が……」
「うん」
「やつと、何だかほかほかいい氣持ち……」
「唇が紫色してるよ。莫迦な奴だなア、そんなに力まなくつたつて……」
 周次が冷たくなつたツヤの腕をさすつてやると、ツヤはぢつと周次の手を眺めながら大粒な涙をあふれさ
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