「ええ、私、山國ですから、こんな川なんかなら自信がございます……」
「自信がある、おやおや、ぢやア、海水着を借りてやるから泳いだらいいだらう……」
後から泳ぎますと云ふので、周次は母とツヤを船へのこして、自分は河上の方へ泳ぎに行つた。向岸は櫻並木で葉櫻には、蝉が燒けつくやうに鳴きたててゐた。
水は肌に冷く、空の青さが川面に暗く石油を流したやうに寫つてゐる。まるで少年の日にかへつたやうに、周次はときどき耳に唾をつめながら、水の中へぐつともぐつたりした。或る川底では、水流が二つになつてゐたり、ぬめぬめした藻が、晝の陽を寫して、みどりの水面に白い影を寫してゐたりした。むれるやうな草の匂ひがする。――急に身近かに女の笑ひ聲がした。
周次がざあつと水面へ頭を持ちあげると、赤い海水着を着たツヤが、まるで女學生のやうにハツラツと泳いでゐた。白い美しい肌だつた。腕や脚のふくらみが子供の手足のやうにぶくぶくしてゐる。
「何時來たんだ?」
「いま……」
(いま)と云ふぞんざいな言葉が、周次には可愛かつた。
「うまいんだねえ……」
「だつて、子供の頃、よく泳いだんですもの……」
「ぢやア、もつと河上
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