、何處でもいいわ……何かおいしいものを食べさせる處がよろしね。水のそばか何かで……」
「ぢやア、家を閉めて皆で行くかな……」
「何處へ行く?」
「多摩川つていい處ですか? 私、まだ行つたことがないんですけど……」
ツヤが硝子皿にさうめんをよそひながらそんなことをきいた。梅模樣の紺の浴衣に、紅い帶がツヤによく似合ふ。
「何だ、多摩川を知らないのかい? 莫迦だなア……」
「莫迦だなアつて云ふけど、周ちやん、私かて知らないのよ……」
「はア、さうですか……ぢやア、皆で一つ、そこへ行きませう? 別に大した處ぢやないけど――東京つて、さてとなると、行くところがないんでねえ」
日曜日。
朝から蝉が鳴きたててよく晴れた日だつた。周次達は電車で朝早く多摩川へ行つた。ツヤは川床の露出した枯れたやうな川の景色に失望したらしく、
「まア、ここが多摩川でございますか」
と、何度も同じことを聞いてゐる。三人は堤をおりて、廣い雜草の河原をつつ切つて、船の茶店へはいつて行つた。流石に凉しい風が吹く。四五日前の雨でほんの少し水量がましたのか、澤山泳ぎに來てゐる連中がゐた。
「泳ぎたいなア、ツヤは泳げるの?」
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