の場所も、泣く場所もないのです。東京へ出て、友達の家へ參りましたが、ここへも私は居辛く、昨日、ある知人の紹介で、私は内幸町にある小さい商事會社の事務員になることが出來ました。月給は四拾圓です。
當分、何とかやつてゆくつもりでございます。今日、四谷鹽町に小さいアパートをみつけました。明日引越します。表記の處でございます。是非一度お出かけ下さいますやうに。末筆ながらお母上樣へよろしく。
周次は、くみ子も落ちつく處へ落ちついたのかと吻つとする氣持ちだつた。一度は結婚のところまで寄り添つてゆきながら、どんな早瀬のかげんか、ふつと思ひもよらない遠くへはなればなれになつてしまつた二人である。――周次は、くみ子と別れ別れになつて、女も一人二人は知つたが、それは通りすがりの風のやうなもので、今に至るまで、平々凡々の生活だつたのだ。母と女中と自分の生活が、さう不自由なものでもなかつたし、新しい女中は、周次の生活にとつて、近景に花を添へたやうな感じをもたらせてくれた。
「お母さん、今度の日曜日、どこかへ行きませうか?」
夕方、早々と歸つて母と食卓についた周次が、新聞を見ながらさう云つた。
「さうね
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