州つても小諸なんでございますよ」
「小諸、そりやアいい處だね。――何だつたかな、小諸なる古城のほとり雲白くつて歌があつたな……山國のひとは誠實があつていいよ……」
周次が蚊帳へはいると、ツヤが枕元へ水を持つて來た。周次は煙草をのまなかつたが、水は好きでよく飮んだ。
「おやすみなさいませ……」
ツヤが忍び足で階下へ降りて行つた。周次は寢ながら、くみ子との出逢ひの事を考へてゐた。
(何も彼も、最早、遠きひとだよ)
遠くでサアチライトが光つてゐる。稻妻のやうな青い光芒が、自分の家の屋根までかすめて行つてゐるのか、縁側の向うの空にさつと銀河が走つて行く。
〇
二三日して、くみ子から會社へあてて周次へ手紙が來た。
先日はたいへん有難うございました。
ああして會つて戴けました事うれしい事でございます。良人が亡くなり、自分一人になつてみると、つくづくこれからの私の生涯が怖ろしいものに思へて參ります。
姑《しうと》とも折れ合ひませんのは勿論、私がゐては餘計者のやうに云はれますので、私は里へ戻つて參りましたが、ここでも繼母《はゝ》とはうまく參りませんでした。私にはいこひ
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