月夜の花
女郎買ひの帰りに
俺は雪の小道を
狐が走つてゐるのを見たよ
彼の人は凍ほつた道を子供のやうに蹴つてゐた。
郊外の町を歩いて
私は彼の人と赤い花を買ひに行つた
幾年にもない心の驚異である
明日は花の静物でも描かうや……
彼の人は月に引つかけるつもりか
マントを風にゆすつてゐる。
雪の小道を狐が走つてゐるのを見た
丁度波のやうに体をくねらせて走つて行つたよ
彼の人の山国の女郎屋の風景を思ひ浮べ乍ら
台所の野菜箱のやうな私を侘しく思つた
しめつた野菜箱の中に白つぽい蒼ざめた花を
咲かせては泣いた私であつたに
ね…… オイ! 沈丁花の花が匂ふよ
暗い邸の中から
仄かな淋しい花の匂ひがする
私は赤い花を月にかざしてみた
貧しい画かきに買はれた花は
プチプチ音をたてゝ月に開いてゐる。
雪も降つてゐない
狐も通つてゐない
月の明るい郊外の田舎道だ。
[#改ページ]
後記
拾年間の作品の中で、好きなのだけ集めてみました。何だか始めてお嫁入りするやうで恥かしいのです。
此詩集の中の詩は、全部発表したものばかりです。皆働らいてゐる時に書きましたので、この詩稿は真黄にやけて
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