皆を喜ばせてやらうと
今朝はるばると
幾十日めで東京へ旅立つて来たのではないか

どこをさがしたつて私を買つてくれる人もないし
俺は活動を見て五十銭のうな丼を食べたらもう死んでもいゝと云つた
今朝の男の言葉を思ひ出して
私はサンサンと涙をこぼしました。

男は下宿だし
私が居れば宿料が嵩むし
私は豚のやうに臭みをかぎながら
カフエーからカフエーを歩きまはつた
愛情とか肉親とか世間とか夫とか
脳のくさりかけた私には
縁遠いやうな気がします。

叫ぶ勇気もない故
死にたいと思つてもその元気もない
私の裾にまつはつてじやれてゐた
四国にのこした
小猫のオテクさんはどうしたらう……
時計屋の飾り窓に私は女泥棒になつた目つきをしてみやうと思ひました
何とうはべばかりの人間がウヨウヨしてゐることよ

肺病は馬の糞汁を呑むとなほるつて
辛い辛い男に呑ませるのは
心中つてどんなものだらう……

ヘイヘイ金でございますよ
金だ金だつて言ふけれど
私は働いても働いてもまはつてこない
金は天下のまはりものだつて言ふのにね。

何とかキセキは現はれないものか
何とかどうにか出来ないものか
私が働らいてゐる金
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