!』
陽向葵はどんな荒れた土の上にも咲いてゐた
自由な空気をいつぱい吸つた坑夫達は
飯を頬ばつたり
女房の鼻をつまんだりして
キビキビした笑ひを投げあつてゐる
油陽照りの八月だ!
4
直方の町は海鼠のやうに侘しい。
飯をしまつて石油を買ひに出ると
解放された夜の微風が
海月のやうなお月さんをかすめてゐる。
坑夫相手の淫売屋の行灯も
貝のやうに白々とさへて来る。
私の義父や母は
町や村を幾つも幾つも越して
陶器製造所や下駄工場へ
荷車を引いて行商に行つてゐた。
待ち侘びて道へ立つてゐると
軽そうな荷車を引いた義父の提灯が見へる
すると私は犬のやうに走つて
車を押してゐる母へすがりついた。
5
雨が何日も降り続くと
暑苦しい木賃宿の二階で
永住の地を私達親子はどんなに恋しがつた事だらう。
町へ出ると
雪が降つてゐる停車場で
汽車の窓を叩いてゐる可憐な異人娘の看板を見た
その頃の私の雑記帳は
どの頁もカチユーシヤの顔でいつぱいだつた。
6
『今日は事務所をぶつこはしに行くんだ。』
或日
口笛を吹き鳴らし吹き鳴らし炭坑へ行くと
あんなに静かだつた坑夫部屋の窓
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