ツ
元気な若者達が
キンキラ光つた肌をさらして
カラヽ カラヽ カラヽ
破れた赤い帆の帆縄を力いつぱい引きしぼると
海水止めの関を喰ひ破つて
朱船は風の唸る海へ出た!
それツ! 旗を振れツ!
○○歌を唄へツ!
朽ちてはゐるが
元気に風をいつぱい孕んだ朱船は
白いしぶき[#「しぶき」に傍点]を蹴つて海へ!
海の只中へ矢のやうに走つて出た。
だが……
オーイ オーイ
寒冷な風の吹く荒神山の上で呼んでゐる
波のやうに元気な叫喚に耳をそばだてよ!
可哀想な女房や子供達が
あんなにも背のびして
空高く空高く呼んでゐるではないか!
遠い潮鳴りの音を聞いたか!
波の怒号するを聞いたか!
…………
山の上の枯木の下に
枯木と一緒に双手を振つてゐる女房子供の目の底には
火の粉のやうにつゝ走つて行く
赤い帆がいつまでも写つてゐたよ。
[#改ページ]
静心
夜が更けて
遠くで鷄が鳴いてゐる
明日はこれでお米を買ひませう
私は蜜柑箱の机の上で
匂ひやかな子供の物語りを書いたのです
もしこれがお金になつたならば
私の空想は夜更けの白々した電気に消へてしまふのです
私は疲れて指を折つて見ました
二日も御飯を食べないので
とても寒くて
ホラ私の胃袋は鐘のやうに
ゴオンゴオンと鳴つてゐます。
火鉢に鍋をのせ
うどんの玉を入れて食べませう
外は風が寒むそうだが
すばらしい月夜です。
この白い糸のやうな湯気を見てゐると
私は赤ん坊のやうに楽しいんです。
童話も書きあがつてしまつたし
うどんもぐつぐつ煮へて来たし……。
一週間も前にさした枯々の水仙が
馬鹿に悲しい心情をそゝるのですが
明日の事を思ふとじつと涙をこらへて
私は白い手を見ました
あゝ昔私に恋文をくれた人もあつたつけ……。
[#改ページ]
燃へろ!
燃へろ!
燃へろ!
それ火だ火の粉だ
憂鬱を燃やせ!
真実の心は火花だ心だ!
馬鹿にするな
馬鹿にするな
貧しくつても
生きるのだ!
大きな樹の上に止つて
私の子供のやうな心は
ねー狂人のやうにこんなに叫びたいのです。
[#改ページ]
火花の鎖
大根畑が白く凍つてゐる朝
米をといでゐる私は
赤い肩掛けがほしくなりました
仄かに音もなく降る雪の中に
赤い肩掛けをして
恋人と旅に出たならば……。
私は顔をあかめて心のふるへをたゝみ
そつと涙ぐむのです。
此朝
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