ゆくと
街路樹は林立した帆柱のやうに
毎日毎日風の唄だ。

紫の羽織に黒いボアのうつるお嬢さん!
私はその羽織や肩掛けに熱い思ひをするのです。
美しい女
美しい街
お腹はこんなにからつぽなんです。
私は不思議でならない
働らいても働らいても御飯の食へない私と
美しい秋の服装と――

たつぷり栄養をふくんだ貴女の
頬つぺたのはり具合
貴女と私の間は何百里もあるんでせうかね――

つまらなくつて男を盗んだのです
そしてお酒に溺れたんですが
世間様は皆して
地べたへ叩きつけて
この私をふみたくつてしまふのです。
お嬢さん!
ますます貴女はお美しくサンゼンとしてゐます。

あゝこの寂しい酔ひどれ女は
血の涙でも流さねば狂人になつてしまふ
チクオンキの中にはいつて
吐唸りたくつても
冷たくて月のある夜は恥かしい

嘲笑したヨワミソの男や女達よ!
この酔ひどれ女の棺桶でもかつがして
林立した街の帆柱の下を
スツトトン
スツトトンでにぎはせてあげませう。
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 乗り出した船だけど

それはどろどろの街路であつた
こわれた自動車のやうに私はつゝ立つてゐる
今度こそ身売りをして金をこしらへ
皆を喜ばせてやらうと
今朝はるばると
幾十日めで東京へ旅立つて来たのではないか

どこをさがしたつて私を買つてくれる人もないし
俺は活動を見て五十銭のうな丼を食べたらもう死んでもいゝと云つた
今朝の男の言葉を思ひ出して
私はサンサンと涙をこぼしました。

男は下宿だし
私が居れば宿料が嵩むし
私は豚のやうに臭みをかぎながら
カフエーからカフエーを歩きまはつた
愛情とか肉親とか世間とか夫とか
脳のくさりかけた私には
縁遠いやうな気がします。

叫ぶ勇気もない故
死にたいと思つてもその元気もない
私の裾にまつはつてじやれてゐた
四国にのこした
小猫のオテクさんはどうしたらう……
時計屋の飾り窓に私は女泥棒になつた目つきをしてみやうと思ひました
何とうはべばかりの人間がウヨウヨしてゐることよ

肺病は馬の糞汁を呑むとなほるつて
辛い辛い男に呑ませるのは
心中つてどんなものだらう……

ヘイヘイ金でございますよ
金だ金だつて言ふけれど
私は働いても働いてもまはつてこない
金は天下のまはりものだつて言ふのにね。

何とかキセキは現はれないものか
何とかどうにか出来ないものか
私が働らいてゐる金
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