宿で高松行きの切符を買った。やっぱり国へかえりましょう。――透徹した青空に、お母さんの情熱が一本の電線となって、早く帰っておいでと私を呼んでいる。私は不幸な娘でございます。汚れたハンカチーフに、氷のカチ割りを包んで、私は頬に押し当てていた。子供らしく子供らしく、すべては天真ランマンに世間を渡りましょう。
*
(十月×日)
呆然として梯子《はしご》段の上の汚れた地図を見ていると、夕暮れの日射しのなかに、地図の上は落莫とした秋であった。寝ころんで煙草を吸っていると、訳もなく涙がにじんで、何か侘しくなる。地図の上ではたった二三寸の間なのに、可哀想なお母さんは四国の海辺で、朝も夜も私の事を考えて暮らしているのでしょう――。風呂から帰って来たのか、階下で女達の姦《かしま》しい声がする。妙に頭が痛い。用もない日暮れだ。
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寂しければ海中にさんらんと入ろうよ、
さんらんと飛び込めば海が胸につかえる泳げば流るる
力いっぱい踏んばれ岩の上の男。
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秋の空気があんまり青いので、私は白秋のこんな唄を思い出した。ああこの世の中は、たったこれだけの楽しみであったのだろうか、ヒイフウ……私は指を折って、ささやかな可哀想な自分の年齢を考えてみた。「おゆみさん! 電気つけておくれッ。」お上さんの癇高《かんだか》い声がする。おゆみさんか、おゆみ[#「おゆみ」に傍点]とはよくつけたものなり。私の母さんは阿波《あわ》の徳島十郎兵衛。夕御飯のおかずは、いつもの通りに、するめの煮たのに、コンニャク、そばでは、出前のカツレツが物々しい示威運動で黄いろく揚っている。私の食慾はもう立派な機械になりきってしまって、するめがそしゃくされないうちに、私は水でそれをゴクゴク咽喉《のど》へ流し込むのだ。二十五円の蓄音器は、今晩もずいずいずっころばし、ごまみそずいだ。公休日で朝から遊びに出ていた十子が帰って来る。
「とても面白かったわ、新宿の待合室で四人も私を待っていたわよ、私は知らん顔をして見ててやったの……」
その頃女給達の仲間には、何人もの客に一日の公休日を共にする約束をしては一つ場所に集合をさせてすっぽかす事が流行《はや》っていた。
「私、今日は妹を連れて映画を見たのよ、自腹だから、スッテンテンになってしまったわ、かせがなくちゃ場銭も払えない。」
十子は汚れたエプロンを胸にかけて、皆にお土産の甘納豆をふるまっている。
今日は月の病気。胸くるしくって、立っている事が辛い。
(十月×日)
折れた鉛筆のように、女達は皆ゴロゴロ眠っている、雑記帳のはじにこんな手紙をかいてみる。――生きのびるまで生きて来たという気持ちです。随分長い事会いませんね、神田でお別れしたきりですもの……。もう、しゃにむに淋しくてならない、広い世の中に可愛がってくれる人がなくなったと思うと泣きたくなります。いつも一人ぼっちのくせに、他人の優しい言葉をほしがっています。そして一寸でも優しくされると嬉し涙がこぼれます。大きな声で深夜の街を唄でもうたって歩きたい。夏から秋にかけて、異状体になる私は働きたくっても働けなくなって弱っています故、自然と食べる事が困難です。金が欲しい。白い御飯にサクサクと歯切れのいい沢庵《たくあん》でもそえて食べたら云う事はありませんのに、貧乏をすると赤ん坊のようになります。明日はとても嬉しいんですよ。少しばかりの稿料がはいります。それで私は行けるところまで行ってみたいと思います。地図ばかり見ているんですが、ほんとに、何の楽しさもないこのカフエーの二階で、私を空想家にするのは梯子段の上の汚れた地図ばかりなのです。ひょっとしたら、裏日本の市振《いちぶり》と云う処へ行くかも知れません。生きるか死ぬるか、とにかく旅へ出たいと思っております。
弱き者よの言葉は、そっくり私に頂戴出来るんですけれど、それでいいと思います。野生的で行儀作法を知らない私は、自然へ身を投げかけてゆくより仕方がありません。このままの状態では、国への仕送りも出来ないし、私の人に対して済まない事だらけです。私はがまん強く笑って来ました。旅へ出たら、当分田舎の空や土から、健康な息を吹きかえすまで、働いて来るつもりです。体が悪いのが、何より私を困らせます。それに又、あの人も病気ですし、厭《いや》になってしまう。金がほしいと思います。伊香保の方へ下働きの女中にでもと談判をしたのですが、一年間の前借百円也ではあんまりだと思います。――何のために旅をするとお思いでしょうけれど、とにかく、このままの状態では、私はハレツしてしまいますよ。人々の思いやりのない悪口雑言の中に生きて来ましたが、もう何と言われたっていいと思います。私はへこたれてしまいました。冬になったら、十人力に強くなってお目にかかりましょう。とにかく行くところまで行きます。私の妻であり夫であるたった一ツの真黄な詩稿を持って、裏日本へ行って来ます。お体を大切に、さようなら――。
フッツリ御無沙汰をしていてすみません。
お体は相変らずですか、神経がトゲトゲしているあなたにこんな手紙を差し上げるとあなた[#「あなた」に傍点]は、ひねくれた笑いをなさるでしょう。私、実さい涙がこぼれるのです。いくら別れたと云っても、病気のあなたのことを考えると、侘しくなります。困った事や、嬉しかった思い出も、あなたのひねくれた仕打ちを考えると、恨めしく味気なくなります。一円札二枚入れて置きました。怒らないで何かにつかって下さい。あの女と一緒にいないんですってね、私が大きく考え過ぎたのでしょうか。秋になりました。私の唇も冷たく凍ってゆきます。あなたとお別れしてから……。たいさんも裏で働いています。
――オカアサン。
オカネ、オクレテ、スミマセン。
アキニ、ナッテ、イロイロ、モノイリガ、シテオクレマシタ。
カラダハ、ゲンキデショウカ。ワタシモ、ゲンキデス。コノアイダ、オクッテ、クダサッタ、ハナノクスリ、オツイデノトキニ、スコシオクッテクダサイ。センジテノムト、ノボセガ、ナオッテ、カオリガヨロシイ。
オカネハ、イツモノヨウニ、ハン[#「ハン」に傍点]ヲ、オシテ、アリマスカラ、コノママキョクヘ、トリニユキナサイ。
オトウサンノ、タヨリアリマスカ、ナニゴトモ、トキノクルマデ、ノンキニシテイナサイ、ワタシモ、コトシハ、アクネンユエ、タダジットシテイマス。
ナニヨリモ、カラダヲ、タイセツニ、イノリマス。フウトウヲ、イレテオキマス、ヘンジヲクダサイ。
私は顔中を涙でぬらしてしまった。せぐりあげても、せぐりあげても泣き声が止まない。こうして一人になって、こんな荒《す》さんだカフエーの二階で手紙を書いていると、一番胸に来るのは、老いた母のことばかりである。私がどうにかなるまで死なないでいて下さい。このままであの海辺で死なせるのはみじめすぎると思う。あした局へ行って一番に送ってあげよう。帯芯《おびしん》の中には、ささけた一円札が六七枚もたまっている。貯金帳は出たりはいったりでいくらもない。木枕に頭をふせているとくるわの二時の拍子木がカチカチ鳴っていた。
(十月×日)
窓外は愁々とした秋景色である。小さなバスケット一つに一切をたくして、私は興津《おきつ》行きの汽車に乗っている。土気《とけ》を過ぎると小さなトンネルがあった。
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サンプロンむかしロオマの巡礼の
知らざる穴を出でて南す。
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私の好きな万里《ばんり》の歌である。サンプロンは、世界最長のトンネルだと聞いていたけれど、一人のこうした当のない旅でのトンネルは、なぜかしんみりとした気持ちになる。海へ行く事がおそろしくなった。あの人の顔や、お母さんの思いが、私をいたわっている。海まで走る事がこわくなった。――三門《みかど》で下車する。燈火がつきそめて駅の前は桑畑。チラリホラリ藁《わら》屋根が目についてくる。私はバスケットをさげたままぼんやり駅に立っていた。
「ここに宿屋がありますでしょうか?」
「この先の長者町までいらっしゃるとあります。」
私は日在浜《ひありはま》を一直線に歩いていた。十月の外房州の海は黒くもりあがっていて、海のおそろしいまでな情熱が私をコウフンさせてしまった。只海と空と砂浜ばかりだ。それもあたりは暮れそめている。この大自然を見ていると、なんと人間の力のちっぽけな事よと思うなり。遠くから、犬の吠える声がする。かすり[#「かすり」に傍点]の半纏《はんてん》を着た娘が、一匹の黒犬を連れて、歌いながら急いで来た。波が大きくしぶきすると犬はおびえたようにキリッと首をもちあげて海へ向って吠えた。遠雷のような海の音と、黒犬の唸《うな》り声は何かこわい感じだ。
「この辺に宿屋はありませんか?」
この砂浜にたった一人の人間であるこの可憐《かれん》な少女に私は呼びかけてみた。
「私のうちは宿屋ではないけれど、よかったらお泊りなさい。」
何の不安もなく、その娘は私を案内してくれた。うすむらさきのなぎなたほおずきを、器用に鳴らしながら、娘は私を連れて家へ引返してくれた。
日在浜のはずれで、丁度長者町にかかった砂浜の小さな破船のような茶屋である。この茶屋の老夫婦は、気持ちよく風呂をわかしてくれたりした。こんな伸々と自然のままな姿で生きていられる世界もある。私は、都会のあの荒れた酒場の空気を思い出すさえおそろしく思った。天井には、何の魚なのか、魚の尻尾《しっぽ》の乾いたのが張りつけてある。
この部屋の電気も暗ければこの旅の女の心も暗い。あんなに憧憬《あこが》れていた裏日本の秋は見る事が出来なかったけれども、この外房州は裏日本よりも豪快な景色である。市振から親不知《おやしらず》へかけての民家の屋根には、沢庵石のようなのが沢山置いてあった。線路の上まで白いしぶきのかかるあの蒼茫《そうぼう》たる町、崩れた崖《がけ》の上にとげとげと咲いていたあざみの花、皆、何年か前のなつかしい思い出である。私は磯臭い蒲団にもぐり込むと、バスケットから、コロロホルムのびん[#「びん」に傍点]を出して一二滴ハンカチに落した。このまま消えてなくなりたい今の心に、じっと色々な思いにむせている事がたまらなくなって、私は厭なコロロホルムの匂いを押し花のように鼻におし当てていた。
(十一月×日)
遠雷のような汐鳴《しおな》りの音と、窓を打つ瀟々《しょうしょう》たる雨の音に、私がぼんやり目を覚ましたのは十時頃だったろうか、コロロホルムの酢のような匂いが、まだ部屋中に流れているようで、私はそっと窓を開けた。入江になった渚《なぎさ》には蒼く染ったような雨が煙っていた。しっとりとした朝である。母屋でメザシを焼く匂いがする。――昼からあんまり頭が痛むので、娘と二人で黒犬を連れて、日在浜の方へ散歩に出て見た。渚近い漁師の家では、女や子供たちが三々五々群れていて、生鰯《なまいわし》を竹串《たけぐし》につきさしていた。竹串にさされた生鰯が、むしろの上にならんで、雨あがりの薄陽がその上に銀を散らしている。娘はバケツにいっぱい生鰯を入れてもらうとその辺の雑草を引き抜いてかぶせた。
「これで十銭ですよ。」帰り道、娘は重そうにバケツを私の前に出してこう云った。
夜は生鰯の三バイ酢に、海草の煮つけに生玉子の御馳走だった。娘はお信さんと云って、お天気のいい日は千葉から木更津にかけて魚の干物の行商に歩くのだそうである。店で茶をすすりながら、老夫婦にお信さんと雑談をしていると、水色の蟹《かに》が敷居の上をゴソゴソ這《は》って行く。生活に疲れ切った私は、石ころのように動かないこの人達の生活を見ていると、何となく羨《うらや》ましくなって来る。風が出たのか、雨戸が難破船のようにゆれて、チエホフの小説にでもありそうな古風な浜辺の宿なり。十一月にはいると、このへんではもう足の裏がつめたい。
(十一月×日)
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富士を見た
富士山を見た
赤い雪でも降
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