と云っている。どんな男のひとと一緒になってみても同じ事だろうと私が云うと、
「そんな筈ないわ、石鹸《せっけん》だって、十銭のと五十銭のじゃ随分品が違ってよ。」と云うなり。
 夜。酒を呑む。酒に溺《おぼ》れる。もらいは二円四十銭、アリガタヤ、カタジケナヤ。

(七月×日)
 心が留守になっているとつまずきが多いものだ。激しい雨の中を、私の自動車は八王子街道を走っている。
 もっと早く!
 もっと早く!
 たまに自動車に乗るといい気持ちなり。雨の町に燈火がつきそめている。
「どこへ行く?」
「どこだっていいわ、ガソリンが切れるまで走ってよ。」
 運転台の松さんの頭が少し禿げかけている。若禿げかしら。――午後からの公休日を所在なく消していると、自分で車を持っている運転手の松さんが、自動車に乗せてやろうと云ってくれる。田無《たなし》と云う処まで来ると、赤土へ自動車がこね上ってしまって、雨の降る櫟《くぬぎ》林の小道に、自動車はピタリと止ってしまった。遠くの、眉程の山裾に、灯がついているきりで、ざんざ降りの雨にまじって、地鳴りのように雷鳴がして稲妻が光りだした。雷が鳴るとせいせいしていい気持ちだけ
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