いかね。」
「たけのこ盗みに行くか……」
 三人の男たちは路の向うの竹藪《たけやぶ》を背戸に持っている、床屋の二階の飯田さんをさそって、裏の丘へたけのこを盗みに出掛けて行った。女達は久しぶりに街の灯を見たかったけれども、あきらめて太子堂の縁日を歩いてみた。竹藪の小路に出した露店のカンテラの灯が噴水のように薫じていた。

(六月×日)
 美しい透きとおった空なので、丘の上の緑を見たいと云って、久し振りに貧しい私達は散歩に出る話をした。鍵《かぎ》を締めて、一足おそく出て行ってみると、どっちへ行ったものか、夫の蔭はその辺に見えなかった。焦々して陽照りのはげしい丘の路を行ったり来たりしてみたけれど随分おかしな話である。待ちぼけを食ったと怒ってしまった夫は、私の背をはげしく突き飛ばすと閉ざした家へはいってしまった。又おこっている。私は泥棒猫のように台所から部屋へはいると、夫はいきなり束子《たわし》や茶碗を私の胸に投げつけて来た。ああ、この剽軽《ひょうきん》な粗忽《そこつ》者をそんなにも貴方は憎いと云うのですか……私は井戸端に立って蒼《あお》い雲を見ていた。右へ行く路が、左へまちがっていたからと云
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