淋しくなった。楊白花のように美しいひとが欲しくなった。本を伏せていると、焦々《いらいら》して来て私は階下に降りて行くのだ。
「今頃どこへゆくの?」階下の小母さんは裁縫の手を休めて私を見ている。
「割引なのよ。」
「元気がいいのね……」
 蛇の目の傘を拡げると、動坂の活動小屋に行ってみた。看板はヤングラジャと云うのである。私は割引のヤングラジャに恋心を感じた。太湖船の東洋的なオーケストラも雨の降る日だったので嬉しかった。だけど所詮《しょせん》はどこへ行っても淋しい一人身なり。小屋が閉まると、私は又|溝鼠《どぶねずみ》のように部屋へ帰って来る。「誰かお客さんのようでしたが……」小母さんの寝ぼけた声を背中に、疲れて上って来ると、吉田さんが紙を円めながらポッケットへ入れている処だった。
「おそく上って済みません。」
「いいえ、私活動へ行って来たのよ。」
「あんまりおそいんで、置手紙をしてたとこなんです。」
 別に話もない赤の他人なのだけれど、吉田さんは私に甘えてこようとしている。鴨居《かもい》につかえそうに背の高い吉田さんを見ていると、私は何か圧されそうなものを感じている。
「随分雨が降るのね
前へ 次へ
全531ページ中70ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング