愉快だろうと思うなり。鳩ぽっぽ鳩ぽっぽと云う唄が出来るかも知れない。皆で仲よく飛んでこいと云う唄が流行るかも知れない。――風呂屋から帰りがけに、暗い路地口で松田さんに会った。私は沈黙《だま》って通り抜けた。
(十二月×日)
「何も変な風に義理立てをしないで、松田さんが、折角貸して上げると云うのに、あなたも借りたらいいじゃないの、実さい私の家は、あんた達の間代を当にしているんですからねえ。」
髪毛《かみのけ》の薄い小母さんの顔を見ていると、私はこのままこの家を出てしまいたい程くやしくなってくる。これが出掛けの戦争だ。急いで根津《ねづ》の通りへ出ると、松田さんが酒屋のポストの傍で、ハガキを入れながら私を待っていた。ニコニコして本当に好人物なのに、私はどうしてなのかこのひとにはムカムカして仕様がない。
「何も云わないで借りて下さい。僕はあげてもいいんですが、貴女がこだわると困るから。」
そう云って、塵紙《ちりがみ》にこまかく包んだ金を松田さんは私の帯の間に挾《はさ》んでくれている。私は肩上げのとってない昔風な羽織を気にしながら、妙にてれくさくなってふりほどいて電車に乗ってしまった。――
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