おかずを買って行くのよ……」
 一皿八銭の秋刀魚《さんま》は、その青く光った油と一緒に、私とお千代さんの両手にかかえられて、サンゼンと生臭い匂いを二人の胃袋に通わせてくれるのだ。
「この道を歩いている時だけ、あんた、楽しいと思った事ない?」
「本当にね、私|吻《ほっ》とするのよ。」
「ああ、でもあんたは一人だからうらやましいと思うわ。」
 美しいお千代さんの束ねた髪に、白く埃がつも[#「つも」に傍点]っているのを見ると、街の華やかな、一切のものに、私は火をつけてやりたいようなコウフンを感じてくる。

(十一月×日)
 なぜ?
 なぜ?
 私達はいつまでもこんな馬鹿な生き方をしなければならないのだろうか? いつまでたっても、セルロイドの匂いに、セルロイドの生活だ。朝も晩も、ベタベタ三原色を塗りたくって、地虫のように、太陽から隔離された歪《ゆが》んだ工場の中で、コツコツ無限に長い時間と青春と健康を搾取されている。若い女達の顔を見ていると、私はジンと悲しくなってしまう。
 だが待って下さい。私達のつくっている、キュウピーや蝶々のお垂げ止めが、貧しい子供達の頭をお祭のように飾る事を思えば、少し
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