のだ。そうして、偶然に私の番だったので、くれたようなものであろう。路傍の人以外に何でもありはしないではないの。あんなハガキ一本で来ると云う速達をみて気持ち悪し。その人はもうかなりな年であったし、私は歯がズキズキする程胸さわがしくなってしまった。夜。――霰《あられ》まじりの雪が降っていた。女達はまだ帰って来ない。雪を浴びた林檎《りんご》の果実籠をさげて、ヴァニティケースをくれた男が来る。神様よ笑わないで下さい。私の本能なんてこんなに汚れたものではないのです。私は沈黙《だま》って両手を火鉢にかざしていた。「いい部屋にいるんだね。」この男は、まるで妾《めかけ》の家へでもやって来たかの如く、オーヴァをぬぐと、近々と顔をさしよせて、「そんなに困っているの……」と云った。
「十円位ならいつでも貸してあげるよ。」
 暗いガラス戸をかすめて雪が降っている。私の両手を、男は自分の大きい両手でパンのようにはさむと、アイマイな言葉で「ね!」と云った。私はたまらなく汚れた憎しみを感じると、涙を振りほどきながら、男に云ったのだ。
「私はそんなンじゃないんですよ。食えないから、お金だけ貸してほしかったのです。」

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