しら、私は女達を睨み返してやった。女ほど同情のないものはない。
いいお天気なのに道が悪い。昼から隣にかもじ[#「かもじ」に傍点]屋さんが店を出した。場銭《ばせん》が二銭上ったと云ってこぼしていた。昼はうどんを二杯たべる。(十六銭也)学生が、一人で五ツも品物を買って行ってくれた。今日は早くしまって芝へ仕入れに行って来ようと思う。帰りに鯛焼《たいやき》を十銭買った。
「安さんがお前、電車にしかれて、あぶないちゅうが……」
帰ると、母は寝床の中からこう云った。私は荷物を背負ったまま呆然としてしまった。昼過ぎ、安さんの家の者が知らせに来たのだと、母は書きつけた病院のあて名の紙をさがしていた。
夜、芝の安さんの家へ行く。若いお上さんが、眼を泣き腫《は》らして病院から帰って来たところだった。少しばかり出来上っている品物をもらってお金を置いて帰る。世の中は、よくもよくもこんなにひび[#「ひび」に傍点]だらけになっているものだと思う。昨日まで、元気にミシンのペタルを押していた安さん夫婦を想い出すなり。春だと云うのに、桜が咲いたと云うのに、私は電車の窓に凭《もた》れて、赤坂のお濠《ほり》の燈火を
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