時ちゃんが、私に自転車の乗りかたを教えてくれると云うので、掃除が済むと、店の自転車を借りて、遊廓《ゆうかく》の前の広い道へ出て行った。朝の陽をいっぱい浴びて、並んだ女郎屋の二階のてすりには、蒲団の行列、下の写真棚には、お葬式のビラのような初店の女の名前を書いた白い紙がビラビラ風に吹かれていた。朝帰りの男の姿が、まるで雨の日のこうもりがさのようだと、時ちゃんは冷笑しながら、勇ましく大通りで自転車を乗りまわしている。桃割れにゆった女が自転車で廓《くるわ》の道を流しているので、男も女も立ちどまっては見て行くなり。
「さあ、ゆみちゃんお乗りよ、後から押してやるから。」
馬鹿げた朗かさで、ドン・キホーテの真似をする事も面白い。二三回乗っているうちにペタルが足について来て、するするとハンドルでかじ[#「かじ」に傍点]が取れるようになった。
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キング・オブを十杯呑ませてくれたら
私は貴方に接吻を一ツ投げましょう
おお哀れな給仕女よ
青い窓の外は雨の切子《きりこ》硝子
ランタンの灯の下で
みんな酒になってしまった
カクメイとは北方に吹く風か!
酒はぶちまけてしまったんで
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