屋の中で、私はまるでお伽話のような蛙《かえる》の声を聞いた。東京の生活の事、お母さんの事、これからさきの事、なかなか眠れない。
(四月×日)
九つになるお君さんの上の子供が一人でお君さんをたずねて来た。港では船がはいって来たのか、自動車がしっきりなしに店の前を走って行く。
朝。
マダム・ロアは裏のペンキのはげたポーチで編物をしていた。「お菊さんに店をたのんで一寸波止場へ行ってみない? 子供に見せたいのよ。」冷たいスープを呑んでいる私の傍で、お君さんは長い針を動かせて、子供の肩上げをたくし上げては縫ってやっていた。
「お君さんの弟かい!」
船乗り上りの年をとったコックが、煙草を吸いながら、子供をみていた。
「ええ私の子供なのよ……」
「ホー、いくつだい? よく一人で来られたね。」
「…………」
歯の皓《しろ》い少年は、沈黙って侘し気に笑っていた。私たち三人は手をつなぎあって波止場の山下公園の方へ行ってみる。赤い吃水線《きっすいせん》の見える船が、沖にいくつも碇泊《ていはく》していた。インド人が二人、呆《ぼ》んやり沖を見ている。蒼《あお》い四月の海は、西瓜《すいか》のような青い
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