は――昨日も今日も変りのない平凡な雲の流れだ
そこで頭のもげそうな狂人になった職工達は
波に呼びかけ海に吠え
ドックの破船の中に渦をまいて雪崩《なだ》れていった。

潮鳴の音を聞いたか!
遠い波の叫喚を聞いたか!
旗を振れッ!
うんと空高く旗を振れッ

元気な若者達が
光った肌をさらして
カララ カララ カララ
破れた赤い帆の帆綱を力いっぱい引きしぼると
海水止の堰《せき》を喰い破って
帆船は風の唸る海へ出て行った

それ旗を振れッ
勇ましく歌を唄えッ
朽ちてはいるが元気に風を孕《はら》んだ帆船は
白いしぶきを蹴って海へ出てゆく

寒冷な風の吹く荒神山の上で呼んでいる
波のように元気な叫喚に耳をそばだてよ!
可哀想な女房や子供達が
あんなにも背伸びをして
空高く呼んでいるではないか!

遠い潮鳴の音を聞いたか!
波の怒号するのを聞いたか
山の上の枯木の下に
枯木と一緒に双手《もろて》を振っている女房子供の目の底には
火の粉のように海を走って行く
勇ましい帆船がいつまでも眼に写っていたよ。
[#ここで字下げ終わり]

 宿へ帰ったら、蒼《あお》ざめた男の顔が、ぼんやり煙草を吸って待ってい
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