楽し気にコツコツ靴を鳴らしている。
「あそこがすずらんと云うカフエーですよ。」
 舞台の様なカフエーがあった。変ったマダムだって誰かに聞いたことがある。秋田氏はそのまま銀座へ行かれた。
 私は何か書きたい興奮で、沈黙《だま》って江戸川の方へ歩いて行った。

(七月×日)
 階下の旦那さんが二日程国へ行って来ますと云って、二階の私達へ後の事を頼みに今朝上ってみえたのに、社から帰ってみると、隣のミシンの娘さんが、帯をときかけている私を襖《ふすま》の間から招いた。
「あのね一寸!」
 低声なので、私もそっといざりよると、
「随分ひどいのよ、階下の奥さんてば外の男と酒を呑んでるのよ……」
「いいじゃないの、お客さんかも知れないじゃないですか。」
「だって、十八やそこいらの女が、あんなにデレデレして夫以外の男と酒を呑めるかしら……」
 帯を巻いて、ガーゼの浴衣をたたんで、下へ顔洗いに行くと、腰障子の向うに、十八の花嫁さんは、平和そうに男と手をつなぎあって転がっていた。昔の恋人かも知れないと思う。只うらやましいだけで、ミシンの娘さんのような興味もない。夜は御飯を炊くのがめんどうだったので、町の八百
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