絵具をベタベタ塗りたくっているのだ。
 軒一つの境いで、風景や静物や裸体を描いている画学生と、型の中へ泥絵具を流してはそれで食べている女と、――新聞を見ると、アルスの北原という人の家で女中が欲しいと出ている、勉強をさせてくれるかしらとも思う。もっとうんと叩かれたい。方針のない生活なんて、本当はたまらないのだから……、明日は行ってみよう。午後、ベニが風呂へ行った留守に、白いハンカチの男が私をたずねて来た。ベニはどんな風に云っているのかしら、階下へ降りてゆくと、頭を油で光らせて、眼鏡をかけた男がつったっていた。「私がそうですが。」部屋に通ると、背の高い男はすぐひざを組んで煙草に火をつけ出した。
「ホウ絵をお描きになるんですね。」
「いいえ内職ですのよ。」
 およそこんな男は大きらいだ。この男の眼の中には、人を莫迦《ばか》にしたところがある。内職をする女の姿が、チンドン屋みたいに写っているのかも知れない。
「昨日、信越の旅から来たのですか、東京はあたたかですね。」
「そうですか。」
 新劇はとてもうけると云う話だった。ベニ、外出先からすぐ帰って来る。彼女は女らしく、まるで鳴らないほおずきみた
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