に降りて行くと、誰が買って来たのか、アネモネの花の咲いた小さな鉢が窓ぶちに置いてあった。汚い台所の小窓に、スカートをいっぱい拡げた子供のような可愛い花の姿である。もう四月が来ると云うのに、雪でも降りそうなこの寒い空、ああ、今日は何か温かいものが食べたいものなり。
「お姉さんいますか?」
 敷きっぱなしの蒲団の上で内職に白樺《しらかば》のしおりの絵を描いていると、学校から帰って来たベニがドアを開けてはいって来た。
「一寸! とてもいい仕事がみつかったわ、見てごらんなさいよ……」
 ベニは小さく折った新聞紙を私の前に拡げると、指を差して見せた。
 ――地方行きの女優募集、前借可……。
「ね、いいでしょう、初め田舎からみっちり修業してかかれば、いつだって東京へ帰れるじゃないの、お姉さんも一緒にやらない。」
「私? 女優って、あんまり好きな商売じゃないもの、昔、少し素人芝居をやった事があるけど、私の身に添わないのよ、芝居なんて……時に、あんたがそんな事をすれば、パパが心配しないかしら?」
「大丈夫よ、あんな不良パパ、この頃は、七号室のお妾さんにあらいこをやったりなんかしてるわ。」
「そんな事は
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