あって、九人の子持ちだとこぼしていた。
 船に灯がはいると、今晩は皆船底に集まってお酒盛りだと云う。料理人の人達はてんてこ舞いで忙がしい。――私は灯を消して、窓から河のように流れ込む潮風を吸っていた。フッと私は、私の足先に、生あたたかい人肌を感じた。人の手だ! 私は枕元のスイッチを捻《ひね》った。鉄色の大きな手が、カーテンの外に引っこんで行くところである。妙に体がガチガチふるえてくる。どうしていいのかわからないので、私は大きなセキをした。
 やがて、カーテンの外に呶鳴《どな》っている料理人の声がした。
「生意気な! 汚ない真似をしよると承知せんぞ!」
 サッとカーテンが開くと、料理|庖丁《ぼうちょう》のキラキラしたのをさげて、料理人のひとが、一人の若い男の背中を突いてはいって来た。そのむくんだ顔に覚えはないけれど、鉄色の手にはたしかに覚えがあった。何かすさまじい争闘が今にもありそうで、その料理庖丁の動く度びに、私は冷々とした思いで、私は幾度か料理人の肩をおさえた。
「くせになりますよッ!」
 機関室で、なつかしいエンジンの音がしている。手をはなしながら、私は沈黙ってエンジンの音を聞いて
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