、どこへ行く、年は、両親は……」
 薄汚れた男が、また私の部屋へ這入って来て、鉛筆を嘗《な》めながら、私の枕元に立っているのだ。
「お前はあの女と知合いか?」
「いいえ、不意にはいって来たんですよ。」
 クヌウト・ハムスンだって、こんな行きがかりは持たなかっただろう――。刑事が出て行くと、私は伸々と手足をのばして枕の下に入れてある財布にさわってみた。残金は一円六十五銭也。月が風に吹かれているようで、歪んだ高い窓から色々な光の虹《にじ》が私には見えてくる。――ピエロは高いところから飛び降りる事は上手だけれど、飛び上って見せる芸当は容易じゃない、だが何とかなるだろう、食えないと云うことはないだろう……。

(十二月×日)
 朝、青梅《おうめ》街道の入口の飯屋へ行った。熱いお茶を呑んでいると、ドロドロに汚れた労働者が駈け込むように這入って来て、
「姉さん! 十銭で何か食わしてくんないかな、十銭玉一つきりしかないんだ。」
 大声で云って正直に立っている。すると、十五六の小娘が、
「御飯に肉豆腐でいいですか。」と云った。
 労働者は急にニコニコしてバンコ[#「バンコ」に傍点]へ腰をかけた。
 大
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