た全生活を振り捨てて
私は木賃宿の蒲団に静脈を延ばしている
列車にフンサイされた死骸を
私は他人のように抱きしめてみた
真夜中に煤けた障子を明けると
こんなところにも空があって月がおどけていた。
みなさまさよなら!
私は歪《ゆが》んだサイコロになってまた逆もどり
ここは木賃宿の屋根裏です
私は堆積《たいせき》された旅愁をつかんで
飄々《ひょうひょう》と風に吹かれていた。
[#ここで字下げ終わり]
夜中になっても人が何時までもそうぞうしく出はいりをしている。
「済みませんが……」
そういって、ガタガタの障子をあけて、不意に銀杏返《いちょうがえ》しに結った女が、乱暴に私の薄い蒲団にもぐり込んで来た。すぐそのあとから、大きい足音がすると、帽子もかぶらない薄汚れた男が、細めに障子をあけて声をかけた。
「オイ! お前、おきろ!」
やがて、女が一言二言何かつぶやきながら、廊下へ出て行くと、パチンと頬を殴る音が続けざまに聞えていたが、やがてまた外は無気味な、汚水のような寞々《ばくばく》とした静かさになった。女の乱して行った部屋の空気が、仲々しずまらない。
「今まで何をしていたのだ! 原籍は
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