うね、お爺さん! ナポレオンのような戦術家になって、そんな二銭のコマで停滞する事は止《や》めて下さい。コマ売りの老人の同情を強いる眼を見ていると、妙に嘲笑《ちょうしょう》してやりたくなる。あんなものと私と同族だなんて、ああ汚れたものと美しいものとけじめのつかない錯覚だらけのガタガタの銀座よ……家へかえったら当分履歴書はお休みだ。

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空と風と
河と樹と
みんな秋の種子
流れて 飛んで
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 夜。
 電気を消して畳に寝転んでいると、雲のない夜の空に大きい月が出ている。歪《ゆが》んだ月に、指を円めて覗《のぞ》き眼鏡していると、黒子《ほくろ》のようなお月さん! どこかで氷を削る音と風鈴が聞える。
「こんなに私はまだ青春があるのです。情熱があるんですよお月さん!」両手を上げて何か抱き締めてみたい侘しさ、私は月に光った自分の裸の肩をこの時程美しく感じた事はない。壁に凭れると男の匂いがする。ズシンと体をぶっつけながら、何か口惜《くや》しさで、体中の血が鳴るように聞える。だが呆然《ぼんやり》と眼を開くと、血の鳴る音がすっと消えてお隣でやっている蓄音器のマ
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