汗ばんだ二銭を私からもらうと、共同便所の方へ行ってしまった。あの人に二銭あげてあの人はあんなに喜んで行ったんだから、私にもきっといい事があるに違いない。玩具《おもちゃ》箱をひっくり返したような公園の中には、樹とおんなじように埃をかぶった人間が、あっちにもこっちにもうろうろしている。
 茅場町《かやばちょう》の交叉点《こうさてん》から一寸右へはいったところに、イワイと云う株屋がみつかった。薄暗い鉄格子のはまった事務室には遊び人風の男や、忙がし気に走りまわっている小僧やまるで人種の違ったところへ来た感じだった。
「月給は弁当つき三十五円でしてね、朝は九時から、ひけ[#「ひけ」に傍点]は四時です。ところで玉《ぎょく》づけが出来ますかね。」
「玉づけって何です?」
「簿記ですよ。」
「少しぐらいは出来ようと思います。」
 まあ、月給が弁当つき三十五円なんて! 何とすばらしい虹の世界だろう――。三十五円、これだけあれば、私は親孝行も出来る。
 お母さんや!
 お母さんや!
 あなたに十円位も送れたらあんたは娘の出世に胸がはちきれて、ドキドキするでしょうね。
「ええ玉づけだって、何だってやります。
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