は、こんなところにも、霧のような美しい光芒《こうぼう》を散らしていた。畳をあげた表の部屋には、あのひとの羽織がかけてあった。こんな長閑《のどか》な住居にいる人達が、どうして私の事を、馬の骨だの牛の骨だのなんかと言うのだろうか、沈黙《だま》って砂埃《すなぼこり》のしている縁側に腰をかけていると、あの男のお母さんなのだろう、煤けて背骨のない藁人形のようなお婆さんが、鶏を追いながら裏の方から出て来た。
「私、尾道から来たんでございますが……」
「誰をたずねておいでたんな。」
声には何かトゲトゲとした冷たさがあった。私は誰を尋ねて来たかと訊《き》かれると、少女らしく涙があふれた。尾道でのはなし[#「はなし」に傍点]、東京でのはなし、私は一年あまりのあのひととの暮しを物語って見た。
「私は何も知らんけん、そのうち又誰ぞに相談しときましょう。」
「本人に会わせてもらえないでしょうか。」
奥から、あのひとのお父さんなのか、六十近い老人が煙管《きせる》を吹き吹き出て来る。結局は、アメリカから帰った姉さん夫婦が反対の由なり。それに本人もこの頃造船所の庶務課に勤めがきまったので、あんまり幸福を乱さない
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