らねば
富士をいい山だと賞めるには当らない

あんな山なんかに負けてなるものか
汽車の窓から何度も思った回想
尖《とが》った山の心は
私の破れた生活を脅かし
私の眼を寒々と見下ろす。

富士を見た
富士山を見た
烏よ
あの山の尾根から頂上へと飛び越えて行け
真紅《まっか》な口でひとつ嘲笑《あざわら》ってやれ

風よ!
富士は雪の大悲殿だ
ビュン、ビュン吹きまくれ
富士山は日本のイメージイだ
スフィンクスだ
夢の濃いノスタルジヤだ
魔の住む大悲殿だ。

富士を見ろ
富士山を見ろ
北斎《ほくさい》の描いたかつてのお前の姿の中に
若々しいお前の火花を見たけれど

今は老い朽ちた土まんじゅう
ギロギロした眼をいつも空にむけているお前
なぜ不透明な雪の中に逃避しているのだ

烏よ風よ
あの白々とさえかえった
富士山の肩を叩いてやれ
あれは銀の城ではない
不幸のひそむ雪の大悲殿だ

富士山よ!
お前に頭をさげない女がここにひとり立っている
お前を嘲笑《ちょうしょう》している女がここにいる。

富士山よ富士よ
颯々《さっさつ》としたお前の火のような情熱が
ビュンビュン唸って
ゴオジョウなこの女の首を
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