人で黒犬を連れて、日在浜の方へ散歩に出て見た。渚近い漁師の家では、女や子供たちが三々五々群れていて、生鰯《なまいわし》を竹串《たけぐし》につきさしていた。竹串にさされた生鰯が、むしろの上にならんで、雨あがりの薄陽がその上に銀を散らしている。娘はバケツにいっぱい生鰯を入れてもらうとその辺の雑草を引き抜いてかぶせた。
「これで十銭ですよ。」帰り道、娘は重そうにバケツを私の前に出してこう云った。

 夜は生鰯の三バイ酢に、海草の煮つけに生玉子の御馳走だった。娘はお信さんと云って、お天気のいい日は千葉から木更津にかけて魚の干物の行商に歩くのだそうである。店で茶をすすりながら、老夫婦にお信さんと雑談をしていると、水色の蟹《かに》が敷居の上をゴソゴソ這《は》って行く。生活に疲れ切った私は、石ころのように動かないこの人達の生活を見ていると、何となく羨《うらや》ましくなって来る。風が出たのか、雨戸が難破船のようにゆれて、チエホフの小説にでもありそうな古風な浜辺の宿なり。十一月にはいると、このへんではもう足の裏がつめたい。

(十一月×日)
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富士を見た
富士山を見た
赤い雪でも降
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