とした秋景色である。小さなバスケット一つに一切をたくして、私は興津《おきつ》行きの汽車に乗っている。土気《とけ》を過ぎると小さなトンネルがあった。
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サンプロンむかしロオマの巡礼の
知らざる穴を出でて南す。
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私の好きな万里《ばんり》の歌である。サンプロンは、世界最長のトンネルだと聞いていたけれど、一人のこうした当のない旅でのトンネルは、なぜかしんみりとした気持ちになる。海へ行く事がおそろしくなった。あの人の顔や、お母さんの思いが、私をいたわっている。海まで走る事がこわくなった。――三門《みかど》で下車する。燈火がつきそめて駅の前は桑畑。チラリホラリ藁《わら》屋根が目についてくる。私はバスケットをさげたままぼんやり駅に立っていた。
「ここに宿屋がありますでしょうか?」
「この先の長者町までいらっしゃるとあります。」
私は日在浜《ひありはま》を一直線に歩いていた。十月の外房州の海は黒くもりあがっていて、海のおそろしいまでな情熱が私をコウフンさせてしまった。只海と空と砂浜ばかりだ。それもあたりは暮れそめている。この大自然を見ていると、な
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