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さいはての駅に下り立ち
雪あかり
さびしき町にあゆみ入りにき
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雪が降っている。私はこの啄木《たくぼく》の歌を偶《ふ》っと思い浮べながら、郷愁のようなものを感じていた。便所の窓を明けると、夕方の門燈《あかり》が薄明るくついていて、むかし信州の山で見たしゃくなげの紅《あか》い花のようで、とても美しかった。
「婢《ね》やアお嬢ちゃんおんぶしておくれッ!」
奥さんの声がしている。
あああの百合子と云う子供は私には苦手だ。よく泣くし、先生に似ていて、神経が細くて全く火の玉を背負っているような感じである。――せめてこうして便所にはいっている時だけが、私の体のような気がする。
(バナナに鰻《うなぎ》、豚カツに蜜柑《みかん》、思いきりこんなものが食べてみたいなア。)
気持ちが貧しくなってくると、私は妙に落書きをしたくなってくる。豚カツにバナナ、私は指で壁に書いてみた。
夕飯の支度の出来るまで赤ん坊をおぶって廊下を何度も行ったり来たりしている。秋江《しゅうこう》氏の家へ来て、今日で一週間あまりだけれど、先の目標もなさそうである。ここの先生は、日
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