も愉しみをかけて読むなり。
――私は灰色の十一月の雨の中を嘲《あざけ》り笑うモッブにとり囲まれていた。
――獄中にある人々にとっては涙は日常の経験の一部分である。人が獄中にあって泣かない日は、その人の心が堅くなっている日で、その人の心が幸福である日ではない。――夜々の私の心はこんな文字を見ると、まことに痛んでしまう。お友達よ! 肉親よ! 隣人よ! わけのわからない悲しみで正直に私を嘲笑う友人が恋しくなった。お糸さんの恋愛にも祝福あれ。夜、風呂にはいってじっと天窓を見ていると、沢山星がこぼれていた。忘れかけたものをふっと思い出すように、つくづく一人ぽっちで星を見上げている。
老いぼれたような私の心に反比例して、この肉体の若さよ。赤くなった腕をさしのべて風呂いっぱいに体を伸ばすと、ふいと女らしくなって来る。結婚をしようと思う。
私はしみじみと白粉《おしろい》の匂いをかいだ。眉をひき、唇紅《くちべに》も濃くぬって、私は柱鏡のなかの姿にあどけない笑顔をこしらえてみる。青貝色の櫛《くし》もさして、桃色のてがらもかけて髷《まげ》も結んでみたい。弱きものよ汝《なんじ》の名は女なり、しょせん
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