てやった。堤の上を冷たい風が吹いて行く。茫々とした二人の鮮人の頭の上に星が光っていて、妙にガクガク私たちは慄《ふる》えていたが、二人共一円もらうと、私達の車の後を押して長い事沈黙って町までついて来た。
しばらくして父は祖父が死んだので、岡山へ田地を売りに帰って行った。少し資本をこしらえて来て、唐津《からつ》物の糶売《せりう》りをしてみたい、これが唯一の目的であった。何によらず炭坑街で、てっとり[#「てっとり」に傍点]早く売れるものは、食物である。母のバナナと、私のアンパンは、雨が降りさえしなければ、二人の食べる位は売れて行った。馬屋の払いは月二円二十銭で、今は母も家を一軒借りるよりこの方が楽だと云っていた。だが、どこまで行ってもみじめすぎる私達である。秋になると、神経痛で、母は何日も商売を休むし、父は田地を売ってたった四十円の金しか持って来なかった。父はその金で、唐津焼を仕入れると、佐世保へ一人で働きに行ってしまった。
「じき二人は呼ぶけんのう……」
こう云って、父は陽に焼けた厚司《あつし》一枚で汽車に乗って行った。私は一日も休めないアンパンの行商である。雨が降ると、直方の街中を軒
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