…自動車の窓から朝の健康な青空を見上げた。走って行く屋根を見ていた。鉄色にさびた街路樹の梢《こずえ》に雀の飛んでいるのを私は見ていた。
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うらぶれて異土のかたいとなろうとも
古里は遠きにありて思うもの……
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かつてこんな詩を何かで読んで感心した事があった。
(十月×日)
秋風が吹くようになった。俊ちゃんは先の御亭主に連れられて樺太に帰ってしまった。
「寒くなるから……」と云って、八端《はったん》のドテラをかたみに置いて俊ちゃんは東京をたってしまった。私は朝から何も食べない。童話や詩を三ツ四ツ売ってみた所で白い御飯が一カ月のどへ通るわけでもなかった。お腹がすくと一緒に、頭がモウロウとして来て、私は私の思想にもカビ[#「カビ」に傍点]を生やしてしまうのだ。ああ私の頭にはプロレタリアもブルジュアもない。たった一握りの白い握り飯が食べたいのだ。
「飯を食わせて下さい。」
眉をひそめる人達の事を思うと、いっそ荒海のはげしいただなかへ身を投げましょうか。夕方になると、世俗の一切を集めて茶碗のカチカチと云う音が階下から聞えて来る。グウグウ鳴る
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