新生の門
――栃木の女囚刑務所を訪ねて
林芙美子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)呆《ぼ》んやり

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)虫|除《よ》け

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)のし[#「のし」に傍点]を
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 わたしは刑務所を見にゆくと云うことは初めてのことです。早い朝の汽車のなかで、わたしは呆《ぼ》んやり色々のことを考えていました。
 この刑務所をみにゆくと云うことは、本当は一ヶ月前からたのまれていたのですけれど、何だか自分の気持ちのなかに躊躇《ちゅうちょ》するものがあって、のびのびに今日まで待ってもらっていたのです。
 朝の汽車はたいへん爽《さわや》かに走っています。野も山も鮮やかな緑に萌《も》えたって、つつじの花の色も旅を誘うように紅《あか》い色をしていました。わたしは、その一瞬の飛んでゆく景色にみとれながら、女囚のひとたちをみにゆく自分の気持ちを何だか残酷なものにおもいはじめているのです。わたし自身、人間的な弱点をたくさん持っていますせいか、ほんとうはこうした刑務所見学なんか困った気持ちになるのです、こうしたほのぼのとした景色から長い間別離されてしまって、ある運命の摂理のなかにいる女囚のひとたちのことを、わたしはどんな風にみればよいのかと、そんなことばかり不安に考えていました。
 栃木の町には朝十一時頃着きました。
 駅へは教誨師《きょうかいし》の方だと云う若い女のひとがわたしたちを迎えに来ていて下さったのですが、この方から貰った名刺には、栃木刑務所勤務、教誨師、大西ヤスエと書いてありました。こんな若いひとが教誨なさるのかと、わたしはちょっと明るい気持ちで、お迎えの自動車に乗ったのですけれど、自動車にゆられながらも、わたしは何か自分自身にも頼りないものを感じているのです。
 白く反射した明るい栃木の町は、たいへん素朴な町におもえました。宿屋だの、バスの発着所だの、小さな飲食店だの、自働電話だの、わたしは自動車の窓から、これらの町の景色を眺めていましたが、案外なことには、駅から刑務所までは五分とかからないところにあって、刑務所の玄関は、まるで明治のころの弁護士の家でもみるようです。いわゆる刑務所の概念をもってきたわたしには、意外にもなごやかな門構えだったのに吃驚《びっくり》
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